現在私たちの身の回りには電磁気材料,光エレクトロニクス材料など目に触れないところで非常に多くの人工材料が使われています.これら材料における多彩な特性の発現は材料がもつ結晶構造に深く関係しております.それ故,材料の性質を理解するにはその構造を理解することが重要であると考えております.したがって,本書は結晶構造を理解することが重要であるとの認識のもと,できるだけ多くの図を用いて解説することを心がけました.また,近年の科学技術の発達に伴い表面状態を調べる技術を始め,ミクロ・マクロ,あるいは平均・局所構造を問わず,多くのキャラクタリゼーションの手法が知られております.これらの詳細は専門書にゆだねるとしましても,その原理を理解することは結晶化学の理解に有用であると考えて,代表的なキャラクタリゼーション手法の解説も試みております.
まず,1章では結晶の構造がどのような要因によって決まるのかを,解き明かします.例えば,金属イオンとハロゲン化物イオンからなるNaClとCsClでは異なる結晶構造をもちます.何故,異なる構造をもつのか,どういう要素によってその構造が決定されているのかという素朴な疑問は,結晶化学を学ぶことによって解決されるでありましょう.
いろいろな装置や構造物に使われている有用な物質は細かい結晶から成り立っているものがほとんどです.その特性は,その結晶の状態に大きく依存します.その意味で,結晶をどのように見るのか,記述するのかという共通の約束を把握しておくことは,材料を扱う上での必要不可欠な基礎知識です.そこで,2章では対称の概念から出発して空間群への理解を深めるとともに,結晶構造の特徴や表示法を丁寧に解説しております.また,電気伝導,熱伝導などの性質は格子欠陥を抜きにしては議論できません.このため,3章では結晶に生じる点欠陥,線欠陥(転位),面欠陥(積層欠陥・粒界)など様々な格子欠陥について詳細に解説しております.
4章において,結晶化学の観点から,材料のキャラクタリゼーションを取り扱いました.特に回折法は2章で学んだ結晶構造を具体的に調べる手法として重要であります.一方,各種分光法も材料の性質を理解する上で欠かせません.5章では,光,電気,磁気的性質を結晶化学の立場から解説しています.また,近年のエネルギー問題を論じる上で避けられない熱的性質も取りあげております.このように結晶化学の立場から結晶の性質を扱っている書物は他に多くなく,本書の特色ともいえるでしょう.
結晶の幾何学的扱いや,回折に関する計算には,三角関数等,多くの基礎数学の公式があると便利です.本書の付録には結晶の基本データや物理定数等の一般的な数値に加え,便利な数学公式を掲載しました.この部分は結晶化学に限らず,ちょっとした数式の誘導にもハンドブック代わりにも活用いただけるものと思います.
結晶の成り立ち,結晶を扱う上での約束事,その性質など,結晶に関する総合的な学習に活用されることを期待します.
平成21年2月
著 者
掛川 一幸
熊田 伸弘
伊熊 泰郎
山村 博
田中 功