1967年の春,筆者は分析化学研究室の学部4年生となり,それ以来分析化学を専門としてきた.この40年余の間に科学技術の進展は目覚ましく,高速液体クロマトグラフィー(HPLC)の進歩にも隔世の感がある.実際,筆者自身の経験では初期のHPLC実験にはポンプ,ゲージの針が動くタイプの圧力計,検出器,ペンレコーダーなどのパーツを,それぞれ得意とする会社から購入し,自分でステンレス鋼管やテフロン管で配管しシステムを完成させたものである.従って,現在のHPLC装置と違って,むき出しの各パーツが全て一望できるため,ポンプや配管から液漏れがあってもすぐ分かり,自分でさっと直すのが当たり前であった.当時は,クロマトグラフィー管は透明な硬質ガラス製であり,試料を注入するたびにポンプを止めてセプタムにマイクロシリンジを突き刺す方式で注入した.ポストカラム誘導体化を行う場合には,ステンレス鋼管で作った反応コイルを水が入った洗面器に漬け,そこに投げ込みヒーターを入れて温度調節をするといった,プリミティブであるが誠に分かりやすい装置であった.その反面,システムが手作りであるため,あちこちで液漏れが起こることも珍しくはなく,調子が悪いと1日の3分の1から半分は液漏れ対策に追われ,指先の皮膚がぼろぼろになることもあった.
こういった数十年前の状況に比べると,現在のHPLC装置はスマートに一体化され,かつインテリジェント化もされている.さらに,前処理用の便利な各種器材も手に入るから余り手を汚すこともない.近頃のHPLC実験は,差詰“お姫様実験”である.現在,現場で使用されているHPLC装置は,往時のものとは比較にならないほど高機能化されているのは事実である.しかし,故障が起こるとその部品に限らず基板ごとそっくり交換しなければならない不都合さに加え,何よりも装置を構成する要素が使用者の目に入る構造になっていない点が,装置に対する本質的な理解を妨げる原因となっている.従って,故障しても使用者が手を下す機会がどんどん減ってきており,ポンプの液漏れ修理をメーカーに依頼する事態まで起きている.ユーザーの機器修理能力の急激な低下は,機器の高度化が齎した必然的な弊害と言えよう.
本書は,このような状況下に少しでも多くの読者がHPLC装置の機能と本質を理解した上で立派な報告書や論文が書けるよう,HPLC実験に役立つ準備,装置類の実務的なメンテナンス,基本的な化学操作・前処理,分離・検出の実例などを盛り込むことに努めた.特に,最近は薬物動態研究の高まりにより,動物実験とHPLC実験が不即不離であることから,HPLC関係の実務書としては初めて動物実験を行う際の要点に触れた.本書がこの分野の方々のお役に立つことを願っている.
最後に,丁寧な編集を戴いたみみずく舎/医学評論社の編集部の方々に心より感謝します.
平成22年8月
企画・監修 中村 洋