コード・ブルー 外科研修医 救急コール

書評
研修医の率直な自問自答
中野不二男(ノンフィクション作家)
[2005/03/22掲載(読売新聞2004/11/07朝刊から転載)]

 テニスの選手もオーボエ奏者も、「上達するには練習が欠かせない。ただし、医師には1つだけ違いがある。それは、練習台が人間であるという点だ」。練習の過程で誤診や手術ミスが生まれたりする。そして医師たちは、患者に最高の診療を行う義務と、医者のタマゴに経験を積ませる必要性との間で、つねに葛藤(かっとう)している。
 ならばその練習は、いつ終わるのか。おそらくは永遠に続くのだろう。それが実は医師の能力と医療技術の進歩の、本質なのかもしれない。
 話の流れから推察すると、舞台となっているのはハーバード大学の教育病院であるボストンの「シティー・ホスピタル」か、あるいは「マサチューセッツ・ジェネラル・ホスピタル」だと思われる。そういう全米屈指の教育病院で働く研修医の、“タマゴ”段階から専門医に向かうまでの、ミスと誤診と自戒と、そして葛藤をまじえたエピソードである。自らのミスはもちろんのこと、同僚や指導医の判断の誤りまでも、素直に、そして冷静に描いた文章は、医療ミスや誤診の検証でもないし、内部告発でもない。さりとて自らのミスや未熟さを弁護しているのでもない。患者を前にして、医師がどのように判断し、治療方針の決断をくだすかを、自身の問題として実に自然に記している。
 隠し看板なしに手の内を全部さらけだし、自問自答する医師の姿は、そのまま私たちの姿につながっている。おそらくはそういう著者の姿勢を買われ、医師でありながら「ニューヨーカー」の契約執筆者となったのだろう。わかりやすい文章とともに、医師はどうあるべきかを患者の側から、患者はどうあるべきかを医師の側から考える糸口を与えてくれる。
 全編を通じて流れる「素直さ」に、あらためて医師とゆっくりと語り合いたくなった。もっとも、日本の医師がこうした本を出す日は、まだまだ先のことかもしれない。小田嶋由美子訳。
 ◇アトゥール・ガワンデ=米ボストンの病院の外科研修医。原書は2002年刊、「ベスト・アメリカン・エッセー」などに選ばれた。


長谷川剛(自治医科大学呼吸器外科講師,現・自治医科大学呼吸器外科教授/附属病院医療安全対策部部長)[2005/03/18掲載]

 素晴らしい本である。まず翻訳が非常にこなれていて読みやすい。次に内容が素晴らしい。現在の医療の抱える様々な問題が著者の深い洞察とともに語られている。
 たとえば初めて中心静脈穿刺を行うときの研修医と指導医のあり方や考え方についての考察。医療現場での侵襲的な手技の教育は日本でも切実な問題である。コンピューターによる自動診断の問題。情報技術がどこまで人間の代替をできるかという先進的な問題について,医療の問題に即して語られている。その他にも巨大な外科学会に初めて出席したときの印象。13日の金曜日の夜は急患が多いのか否か(本当にこんなことを調べた医学論文があるということを本書で初めて知った!)。これらのトピックだけでも大変興味深い。 
 さらに「良い医者が悪い医者になるとき」などという章もある。私たち医師にとっては決して他人事ではない。今日の良い医師が明日の良い医師であるためにはどうあるべきなのかということを考えさせられる。「医者がミスを犯すとき」という章もある。医療事故問題が盛んに話題になっている昨今,非常に重要な話題である。ガワンデは「医者はつまずくことがあるわけだから,私たちに完璧を期待するのは正当なことではない。それよりむしろ,『完璧を目指すことを決してあきらめない』ということを期待してもらいたいと思う」と書いている。 
 そして最後の「赤い足の症例」。著者自身が経験した不確実性の中での決断の物語。最後に語る患者の言葉から,医療というものが単に病気を治すとか,けがを治すという考えから,もっと大きな「人生そのもの」に関わっているということを感じさせられる。この感動的なエピソードは,今の日本や世界中で巻き起こっている医療不信・人間不信の渦の中で,何か違った価値観を提示しているようにさえ思える。本書は過酷な医療現場の外科レジデントが語る人間に対する信頼回復の物語でもある。 
 すべての人にぜひ読んでいただきたい一冊である。


安達洋祐(岐阜大学医学部腫瘍外科教授)[2005/02/22掲載]

 「外科研修医 救急コール」という書名とは異なり,アメリカの外科医が臨床の実践で遭遇する悩みや反省を人間らしく描出した素晴らしい内容である。原題は「Complications:a surgeon's a notes on an imperfect science」であり,外科医として共感を覚えた。
 手に取って読みやすい本で,しかも邦訳と医学監修がしっかりしており,医学生や研修医の最適な教材となる。


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