心察―ぬくもりとやすらぎを求めて
書評
東京新聞2003年06月05日付夕刊

 著者は、カナダ・バンクーバーにあるセント・ポール病院緩和ケア病棟の医師。身体の痛みはモルヒネなどの薬物でコントロールできるものの、身体的苦痛の本体は心のうずきであり、患者が無言で何を求めているかを知るためには、医師や看護師は、患者の体に触れて心を通わせることが大切だと説く。医学監修を務めた外科医で小説家の石黒達昌氏の「死は、(医学という文明によって)失われた何かを取り戻す過程」との洞察は鋭い。

推薦の言葉
患者と医師のかかわり方の機微に触れる会話
日野原重明(聖路加国際病院名誉院長)


 現在では、患者を収容する緩和ケア病棟をもつ病院が、世界各国・各地方にあるが、バンクーバー市にあるセント・ポール病院では音楽療法がなされていることを聞いて、私が初めてここを訪れたのは約十五年前のことであった。
 この本の著者のデイヴィッド・クールは、その頃からこの施設に勤める医師である。
 今日まで外国でも日本でも、ホスピスまたは緩和ケア病棟に関する本はかなりたくさん出版されている。しかしこの本が特筆すべきは、患者や家族は医師やナースに何を無言のうちに要求していたかについてを、病む患者の立場にたって事実に基づき詳細に述べていることだ。また出会った患者に教えられたことは「何か」という、医師の告白の書として読めるのもこの本の特質である。
 この三百頁の本は、「死に向かいて」という序文に次ぐ九章と「人生を受け入れる」という結章で締めくくられ、これを読む医師のために「死の病にある患者との接し方」が付録として付け加えられている。
 著者のデイヴィッド・クールは、ホスピスに関心をもって緩和ケア病棟に十五年も働いてきた。彼は患者の痛み、その他の症状はモルヒネその他の薬物でかなりコントロールできるが、一見身体的痛みと思われる痛みの本体は、実は心の疼きに原因があることに気づいた。長い臨床体験の初めに出会った肺癌の末期患者のアリスから、著者は近づく死の跫音を聞く患者の心の悩みをどんなふうに患者が言葉に表すか、その手がかりを掴んだのであった。患者の手を取り、体に触れることから心の通いを感じつつ患者の悩みを聞くことこそが大切だということを、この医師は患者から学んだ。この患者に学ぶという経験を重ねるうちに、著者のクール医師は成長していった。
 患者から医師が学んだことが十章の中の多くの判例で示されている。患者は何を言おうとしているか。その鍵をもつのは患者であり、医師はその渡された鍵で患者の死の不安を解くべきだということが、この書にははっきりと示されているのだ。
 そういうと、著者は医師を第一の読者対象として想定しているように見えるかもしれない。もちろん医・看護学生や医師や看護師、その他のホスピス関係の医療従事者に、どのようにして死にゆく患者と会話すべきかを教えるための最適のテキストであることは言うまでもない。しかしそれに加えて、患者と医師のかかわり方の機微に触れる医師と患者との会話を、いつ癌にかかるかもしれぬ一般の人々(癌死は全死亡者の三分の一)にも、この本でぜひ一度は読んでもらいたい。それが私が本書を推薦する大きな理由でもある。


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