・・・そこで,ほかのテキストや便覧などを参照すればすぐ判明するような物理・化学的なデータは最小限にとどめ,あまり従来の書物では取り上げられていない事項をそれぞれの元素ごとに附記して,原則として見開きにまとめるようにしてみました.これはいわば前記のアシモフの指摘にある「化学のジャングルの中の観光スポットガイド」に当たるかもしれません.
たとえば世界各国における元素表記など,通常のテキスト類ですと精々が数箇国語(英・独・仏・伊・西・露ぐらい)しかありませんが,話の種にもなろうかと思い,三十数箇国語ほどのデータを集めてみました.ネットの世界ではもっと多数(二百種以上)を集めたものもありますが,かなり限られた地方でのみ使われる言葉(方言)までを取り上げて,単にペダントリーのためだけに無理に増やしているような感じすらありますから,せめて数百万人以上の規模で使われている言語についてまとめるとこのぐらいになります.こうしてみると元素記号(化学記号)のありがたみがよくわかります.
鉄や金銀などの古くからの元素名にはお国ぶりがあることが当然ですが,新しい元素名においても同じような現象が見られます.たとえば「セリウム」や「ネプツニウム」はもともとローマ神話由来で,それぞれは惑星名の「セレス」「ネプチューン(海王星)」から来ているのですが,この二つの元素名は,近代ギリシャ語ですともとのギリシャの神様の名(セレスは穀物の女神のデメテール,ネプチューン(ネプトゥヌス)は海の神であるポセイドンに当たります)由来である「デメテリオ」「ポセイドニオ」と書き換えられています.亜鉛などは古代ギリシャのストラボンの使った「プセウドアルギロス」が復活しています.・・・
平成二十一年春
八王子にて
山崎 昶