薬学教育六年制がスタートした現在,なぜ2年間の年限延長がなされたかを考えるとき医療薬学教育の充実にあったことは異論のない事実である.今後,薬剤師には,医師からも患者からも信頼され,適性かつ最良の薬物治療を行うことができうる高い知識と優れた技能を身につけることが求められる.そして,このような優れた薬物治療を遂行するためにはまず疾患を理解することが極めて重要となる.
今日,疾患の概念,症状,検査値,疫学,また各学会が公表しているガイドラインなどの知識は多様なメディアを介して容易に入手でき,時に医師が驚くほど病気に詳しい知識を持ち合わせる患者に出会うことも稀ではないともいわれる.こうした臨床医ですら患者の断片的な話に振り回される現実があることを考えると,薬剤師にどの程度まで疾患を理解する必要があるかは議論の余地があろうが,薬剤師が患者に信頼されるためには病気を病態生理学など学問的立場から捉えることが大切である.
処方された薬の服用により自身の病気がどのように改善するかを患者に納得させるためにはより詳細な病態生理学の知識の必要性がこの薬学教育六年制で実現したと考えられる.信頼される薬剤師の条件の一つに「病気に詳しい薬剤師」があげられる.事実,薬局に来た患者の多くは自身の病気について「どうなのか」といった疑問や悩みを薬剤師に訴えることが多々ある.「あの薬剤師は病気について全然知らない」といった評価が下されては,薬剤師の医学的知識に対する評価が低下し,患者からの信頼を失い,医療薬学教育の意義がなくなりかねない.疾病と薬物治療は裏表の関係にあり,「なぜこの薬剤を服用されたのか」,「この薬の服用によって病気がどう改善されるのか」,「いつまでこの薬を飲まなければいけないのか」といった疑問に答える際,病態生理学を通した疾病の理解は重要となる.
北米の教科書では疾病解析や薬物治療学に関する著書の多くがPharmacy Doctor によって執筆されており,その内容は極めてレベルの高いものである.この事実は,薬剤師も場合によっては医師と同等の臨床医学の知識を持つことが可能になることを示しているともいえよう.いずれは薬剤師に処方権が与えられる時代が来るとしても,今日,学問としての臨床医学を疾病薬学として捉え学ぶ重要性を感じる.医療に携わる医師,看護師,検査技師,栄養士など多くの医療人から薬剤師は臨床医学に精通しているといった評価が持たれることがスムーズに臨床現場に入りやすい環境づくりになる.
本書は,薬学教育六年制がスタートした今日,薬学教育の課題ともなった疾患の理解と知識を「疾病薬学」として学ぶために編集した企画である.薬学生はもとより多くの薬剤師がこの教科書を通じて臨床医学に精通することになれれば編者としては望外の喜びである.
最後に本著の出版に多大なご苦労をいただいたみみずく舎ならびに医学評論社の方々へ感謝を申し上げる.
平成19年10月31日
編者 百瀬 弥寿徳
橋本 敬太郎